MIND JAZZのこころ/1.30
- 2012/01/30(Mon) -
ここ旭川に来て活動を始めて、来年で30年になる。
近郊に「北の国から」の富良野、丘の町美瑛、大雪山連峰がある街。

石の上にも3年とすると10倍、5年一昔とすると
6倍、いずれにしても長い時間である。

30年前というと1983年。
その時思い出す音楽は、YMOの「君に胸キュン」
ちあきなおみ「矢切の渡し」、上田正樹「悲しい色やね」
葛城ユキ「ボヘミアン」、五木ひろし&木の実ナナ「居酒屋」

映画では戦場のメリークリスマス、ソフィーの選択
文学では 胡桃沢耕史『黒パン俘虜記』、江戸川乱歩賞を取った
高橋克彦『写楽殺人事件』
ドラマでは「おしん」がはじまる。

気になっていたものとして。
クラシック/武満徹、バルトーク、バッハ、ウェーベルン、クセナキス、ジャズ/デュークエリントン、
レニートリスターノ、マイルスデイビス、冨田勳、モーグ、プロフィット、アープシンセサイザー
ルイマル関係の映画全般、Aplleコンピュータ、コルビジェ、老子、クリシュナムルティー、チャクラ研究
などなど、出てきすぎである。

ここに上げた全部が興味としてわき上がり、自分の核を作っている。

これでは、東京のジャズシーンで飯は食えない。
そこで、極寒の地?旭川に来る事になる。

来て30年ますます興味が広がっている。
一つにすれば何か大成したかもしれない。
そうでないかもしれない。

分からないところが人生おもしろい。

【クセナキス設計のブリュッセル万博フィリップス館】
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MIND JAZZ の風景/木洩れ日
- 2012/01/29(Sun) -
木洩れ日がすきだ。

下界から見上げる一筋の木洩れ日もよい。

また、山の上から見下ろすようなものも良い。

どちらも自分より上の世界で起こっていること。

春の霞のような日の光、夏の雲と対抗する光、
秋の憂いに満ちた日の光、冬のしんしんと冷える中で
見える光、どれも捨てがたい。

これは、冬の山の上からみる木洩れ日。

人知の及ぶところではない世界がそこにある。

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MIND JAZZ の風景/日没
- 2012/01/28(Sat) -
日の出と日没がすきだ。

夏の日の出は早い。
それも夜からあける前の時間が一番すきだ。

冬は日の出が遅いが見るには根性が必要。
とにかく寒くしばれる。

日没は冬より夏の方がすきだ。
夏はゆっくり沈む。

山に登り日没を見ていたら、恐ろしいスピードで沈んでいく
そして、夕闇に。

地球が動いていることを実感できるとき。

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MIND JAZZ オーケストラ/MS-10
- 2012/01/27(Fri) -
KORG MS-10というシンセサイザーがある。

1978年の発売で当然今はない。 これの上位機種に2オシレータ版MS-20
というのがあるが、なぜか自分はこの1オシレータ版が好きである。

この時代プリセットはまだ普及していなく、モノシンセ全盛の時代。
その音を厚くする為に多重オシレータが多く発売されたのである。

この時代MIDIなどというものはまだなく、コンピュータが普及し始めると
同期という大きな問題が出てくる。
というのは、KORGとROLANDは同期方式が違うのである。
当然KORGとROLANDはつながらない。

そこでMIDIが出てくるが、KORGはそもそもオルガンを主体に発展して
きたところである。 シンセサイザーも独特な理論を駆使し、繊細な音を
特徴とするところが好きだった。

音楽作りではメロディからシーケンス音まで太い音から繊細な効果音まで
作れる。 これも徐々に出番がなくなりつつある。

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MIND JAZZ の風景/花
- 2012/01/27(Fri) -
山を歩くとき花をよく見る。

それも立派な花ではなく、佇んでいるような花
が好きだ。

じっと見ていると葉脈のの一筋から命のような
ものが伝わってくる。

草野心平の「植物記」にもそういえば草花のことが
いっぱい書いている。
宮沢賢治の本にも。

山をあるくとき、道をあるくとき、いつも小さな花に
目をむける。 

主張はしないが、きちんと生きている。

そんな道を歩いて行きたい。

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MIND JAZZ の風景/雪山
- 2012/01/26(Thu) -
毎年2月厳寒の十勝岳の頂上にある湯に行く。

露天風呂につかりながら、新しい構想を練る。
そして外を歩く。
外は真冬の山の頂上である。

聞こえるのは外界のノイズと自分の鼓動音。
ここにいると思える時間。

人と自然が分離されて生きている下界とは
別次元の世界。

ここにいると帰る道がみえてくる。

ゆく道もみえてくる。

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MIND JAZZ の風景/森
- 2012/01/25(Wed) -
この街の近郊には原生林が多くある。

その場所はアイヌ曰く「カムイミンタラ」という。
夏場はかなりの頻度でこの場所に通う。

そこは現代の喧噪から離れた何か近寄りがたいものがある。
何百年も自然の摂理だけで繰り返す自然がそこにある。

自然に朽ち果てる木々、新しく生まれる樹、草々。
私の原風景である。

ここに来る度に大きな自然の中に存在する、自分をかんじる。

ただ、かんじるだけである。

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MIND JAZZ の風景/空
- 2012/01/25(Wed) -
昔から空をよく見上げる。

空を見るのは時間のある時。
それも、心の時間のある時。

50年前の空と今の空と違うのかな、などと思う。

ここの土地には美しい空がまだ残っている。

これは、夏の空。 冬に見るのも良いものだ。

まだ心の時間がある証拠かな。

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MIND JAZZ オーケストラ/音源
- 2012/01/24(Tue) -
音楽製作に最も使うのが、音源とコンピュータである。

ここのスタジオのコンピュータと音源はこの10年来変更していない。
コンピュータはaplleG4 800MZdual、ソフトはデジタルパフォーマ3
現在はバージョン7なので相当古い。

しかし、最新のコンピュータとソフトの様にサクサク動く。
様は用途を分かった使い方だと思う。

音源もすべてハード音源をmidiで動かす。
KORG,ROLAND,PLOTEUS,MOOGどれも音の役割があり不自由したことがない。

ただし、自宅では最新のコンピュータとソフトを使っている。
プラグインを使う為である。
プラグインを使うとどうなるか。・・・場所をとらない。・・・寝起きで製作出来る。

ここのスタジオは山の中にあるので、いちいちバスで来なくてはならない。
それはそれで夏場は良いが、冬は環境が非常に過酷である。
朝は零下20度にもなる、機材はアナログなので動かない。

当然、自宅に少量のデジタル機材で製作となるのである。

しかし、寝起きで製作できると生活の境目がなくなる。
音楽とは全く関係のないところの悩みが多い。

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MIND JAZZ オーケストラ/ローランド100M
- 2012/01/24(Tue) -
ここでのオーケストラのメンバー?にローランド100M
と言うアナログパッチ式シンセサイザーがある。

これが、発売されたのは1983年、約30年ほど前である。
この時期はYMO(イエローマジックオーケストラ)全盛の時代。
影響を受けた訳ではないが、購入した。

8VCO、8VCF、8VCAの8ポリフォニックになるようにセッティング
してある。 

が、しかしプリセットが出来ないので、急ぎの仕事では使えない。
おのずと出番は効果音のみとなる。

昔はこれで弦から効果音まで作って、手弾きしていたのだが。
コンピュータを知り、デジタルの利便性を知ってから、出番が
少ない。

そばに置いておくと「そんな作り方していていいの?」と、聞こえて
来そうである。 

融通はきかないが手放せないメンバーである

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MIND JAZZ オーケストラ/ミキサー
- 2012/01/24(Tue) -
MIND JAZZ MUSICを作るとき、多くの機材を使う。
その、機材一つ一つが個性があり、オーケストラと呼ぶ訳である。

それも、アナログの機材を多く使う。 時代の流れで、
使用機材はコンピュータを使用した、デジタル機材に移りつつあるが
今でも、スタジオの7割はアナログである。

その中でも、巨大なものはこのミキサーである。
サウンドトラックの32ch。

以前は時代の流れを見据え、デジタルミキサーにしたが、
どうも音が気に入らない。

最後には曲作りをやめようと言うところまで行って、このミキサーにかえた。
メンテナンスがものすごく大変だが、本当にいい音でなってくれる。
このミキサーと古いヤマハ10M。

こんなミキサーを使っていると当分引っ越しできない・・・。

それが、当面の悩みである。

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センス・オブ・エイジア.4
- 2012/01/23(Mon) -
 今回は基本メンバーに10名に15名のメンバーを追加して演奏した。
25名の大所帯である。 クラシック、ビックバンドならいざ知らず、木管8、弦7、打楽器4、管5、
シンセ1の変わった編成。 

数年前ビックバンドスタイルとガムラン音楽を合わせたことがあるが、この時は音響関係の問題で、
音の構造が見えなくなり壁面の巨大な壁にカーテンをおろすことになり、怒り心頭だったが、今回は
それをふまえ自分で音響も担当することに。 これは、墓穴を掘ったとはいえ本当に大変です。
耳は2つ、身体は一つ、ここの部分の技術スタッフをそろえなくては5年は続かないことを実感した。

今回のオーケストラの曲の特徴は木管に主眼を置いている。これはとても微妙なバランスで、バランス
により曲のイメージが一変する、メンバーの中にプロ、アマチュアが混合で入っているが、差は歴然で
音の飛び方がまるで違う。やはりプロのメンバーを集めて1回音を出したい気持ちが高まった。

オーケストラで演奏する2曲は、特に今までにない構造で、「Stillness」はハーモニーは簡単だが、
長いメロディーを息を切らさないで歌うのが非常に難しい曲である。日本古来の追分に近いかもしれない。
これに近いのがモンゴルのオルテンドーである。

この曲をヴァイオリンの金子飛鳥さんがリードし完璧に歌っていたことに完全に脱帽です。
彼女は本当に深い表現をする。今回の書いた曲どれもヴァイオリンを主眼にあったのは確かである。

もう1曲の難曲は「PAMOJIA」。これは北方民族ギリヤークに伝わるリズムの形にメロディーを付けたもの。
中間に長大なユニゾンがあり、プロのメンバー全員が苦労していた。そこはプロ本番は見事に決めてもらった。
感謝、感謝である。

後半の曲は組曲「アジアの風」として演奏したが、自分の頭の中にあるものを、生で演奏する形にする
のは本当に大変である。 巨匠武満徹が「自分が意のままに操れるシンセサイザーが欲しい」と言った
のがよく分かる。
しかし、ここで創った音を苦労をして再現をしてみて、ジャズスタイルの可能性がまだまだあることを
確信した。
日本ではジャズ分野の創作がまだ足りないが、もっともっと追求する人間が現れて欲しい。

アジアのジャズの未来は明るい。

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センス・オブ・エイジア.3
- 2012/01/23(Mon) -
 今回の編成は少し変わっている。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルート2人、ギター2人、
ベース2人、パーカッション2人計11名。

今のご時世にしては、非常に豪華です。そして一番の特徴がピアノがない。
と言うことは平均律に固定された楽器がないと言うことです。それぞれやや平均率に合わせて
いるけれど、純正律に近い。弦、笛、打楽器で構成された編成は雅楽の編成に近い。
アジアを意識したわけではないが、全く新しいサウンドを考えるには、そこまで戻らなくては
意味がない。
 
 今、60年代後半の日本のジャズの研究をしているが、この時期一番なのは菊池雅章である。
編成はオーソドックスなクインテットであるが、他のグループと全く違う音がしている。
彼のハーモニーセンスによるところが大きいと思うが、バークリー理論をベースに独自の
サウンドを創っている。
この頃時代は70年安保前の何とも混沌とし、希望と夢と理想と現実がうごめいていた。
まだ、「夢のむこう」には何かがあると信じていた時代ともいえる。

自分が音楽を作るとき自然にこの時代のことを考える。その前は、日本では秋吉敏子、
ジョージ川口らがいるが新しい日本のジャズの息吹は感じられない。
ここ旭川で音楽を作っているとほどよく田舎なので、何かに追随する必要がないので、
ここから生まれるまで待てるという利点がある。

しかし、風雪に耐えなくてはならない。

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センス・オブ・エイジア.2
- 2012/01/23(Mon) -
今回のコンサートのため20曲、曲を書いた。その中から10曲ほど演奏。
当日のプログラムは以下
■1部 Asian Today Music/ Mind Jazz Frlends
      1. KIYARI
      2. LONG YELLOW ROAD
      3. ON A CLEAR DAY/ある晴れた日に
      4. SUKASULIN.2011
      5. FOR A WAY/夢のむこうへ
■2部 Asian Creative Music/Sense of Asiaクリエイティブオーケストラ
    Suite「WIND OF ASIA」
      6. PROLOGUE
      7. FOR VISION
      8. STILLNESS
      9. PAMOJIA
      10. VOICE OF ASIAN KIDS.2011
書いた曲のどれも2011年1月から3月にかけてのものばかりである。
3月と言えば「東日本大震災」あった月である。
何とも、言いようのない無力感に襲われながら書いていたが、不思議と
曲が書ける。と言うより出てくる。創作の場面は何とも不思議だ。

今回は、The Sense of Asia Creative Concert Vol.1
「音のシルクロード」/東アジア編と言うことで行った。
東アジア編というのがみそである。
ジャズ、jazzとは言ってももともとアメリカで生まれたもの。
それを何の疑いもなく続けることに妙な抵抗感が生まれ、今に至っている。

60年代後半マイルス・デイヴィスが脱ジャズ宣言して、フュージュンの世界に
突入していったが、日本でも敏感反応して日本ジャズを創ろうとしていた。
特にこの時期日野皓正、菊池雅章らの活動が光る。
この、時期日本に根付くジャズを生み出そうとする熱気があった様な気がする。

その熱気はどこに行ったのだろう?
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センス・オブ・エイジア.1
- 2012/01/23(Mon) -
アメリカンジャズ(こんな言葉はないはずだが分かりやすいので使います)いわゆる米国を
ルーツとするジャズは今や形を変えて世界中に広まっている。

私自身も10代からかれこれ40年以上アメリカンジャズをやり続けている。
しかし、この20年ほど米国をルーツとするジャズにどうも一つの違和感を覚える。 
スタンダードジャズとは別としてコンテンポラリージャズという分野も
出来ているがどうもよく分からない。 と言うより無国籍に感じるのである。
簡単に言うと自分の日本の風土の中から出来上がるジャズがないのかと言うこと。

60年代後半菊池雅章、日野皓正、富樫雅彦らが日本に根付くジャズを追い求めていたが、
それもフュージュンの波にのまれてしまった。
2000年代に入りその流れはあまり変わっていない。

そんな時期にアジアンジャズを創るという話しである。当然難しい。
ここ旭川にきて28年。アジアンジャズを作るために来たと言っても過言ではない。 

これから5年続ける「音のシルクロード」プロジェクトのなかで、
アジアンジャズを完成させるというもの。
基本メンバーはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ギター2人、ベース2人、
パーカッション2人、フルート2人計11名プラス木管6名、金管5名、打楽器4名計25名の大所帯。

さて、手応えは・・・・。 これは出来る!!

どこにもないものが此処で出来る確証を得たような気がする。

和声を多用しない、長い息使いの旋律。大地に根を張る重い複雑なポリリズム。
これから5年で完成出来る見通しも明るい。
これを持ち世界にツアーに出るのも一考だが、それまで体力が持つかである。

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mind jazzについて
- 2012/01/22(Sun) -
               MIND JAZZ MUSIC
MIND JAZZとは何か
「心の音楽」です

心の「ための」でも 心に「依る」でもなく
「心そのもの」の音楽です

その「心」とは何か
「私の」心でもなく「あなたの」心でもなく「あの人の」心でもなく
みんなが等しく持っている生命体としての心です

差別のない平等な生命の心です
「私の」「あなたの」「あの人の」というふうに別々に分かれ
’国境’をひいた心ではありません

この音楽を聴いていると それが単に「聴く」ことを越えて
自分の好きな人の心も 自分の嫌いな人の心も
みんな ほんとうは 同じ一つの生命からきているんだと
実感させてくれるような そんな音楽を目指しているのが
MIND JAZZというものではなかろうか と僕は思うのですが・・・

でも これはあえて言葉で言ってみたまでのこと
ほんとうに それだけのものがあるかどうかは
この音楽が自らあなたの心に語ってくれるでしょう 

音楽に それを聴いている人も又 この音楽の「創造」に
心で参加しているのです
                      岩田道夫(画家.詩人)

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