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定点観測.9
- 2015/06/29(Mon) -
 今年初めての定点観測写真。
今年は何と言っても、スタジオ改修をしていたので
あまり空を見上げていない。

気がついたらもう7月も近い。
今年は本当に気温が上がらない。
農家の人は大丈夫だろうか。
スタジオの周りの農家の野菜は無事成長しているようだ。

最近聞く『自然に優しい』『地球に優しい』という
言葉。
自然はそんなこと求めていない。
生命は、植物、動物、人間すべて平等。

人間だけが地球の住人と思うと必ず将来、人間は破綻する。

今日の夕闇せまる夜空を見ながらそんな事を
おもう。
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スタジオ改修.2015.最終回その.3
- 2015/06/21(Sun) -
 春を迎え改修も最後が見えて来た。
そんなことで改修記もこれが最後です。

手つかずで残っていた、楽器置き場となっている所。
ここ本当は録音場所にしたかったが、どうもそうはならない。
結局こんなに。
befor
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after
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録音場所を作るはずが木工作業スペースに。
何と言うこと・・・。

雪が溶けると外の作業も出来る。
そんなことで、残った柱材で色々な物を作りまくった。
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これはCD棚。
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ウッドデッキ風アプローチ。
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ウッドデッキ風ケーブル掛け。
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作業テーブルとウットデッキ風作業用具ラック。
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木製小物棚。

などなど木製品を作りまくった。
今にして思うと、スタジオの約7割は機材の山。
好きとはいえ非常に疲れる。
そのバランスを取るため、快適に作業する為に
作っていたとも言える。

その快適の一つも、この小さなハーブ畑。
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生き物を育てるのはなかなか良いものだ。
これは当然自分の口に入る。
あとは、最後の作業、屋根の塗装をすれば終了。
befor
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after
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中はほぼこれで完成。
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これで長かった改装も終了。

昨年10月からだから、8ヶ月毎日通いシコシコと作業。
何か『交響曲』を一曲書いた気分だ。

この期間沢山の事を勉強し、沢山の事に挑戦した。
これからここでおおくの事に『挑戦(クリエイティブ)』したい。

これで、改修記はひとまず終わりとしたい。

『おわりのうた』
朝の祈り、昼の祈り、夜の祈り
人はたえず自分の為、人の為に祈ることのできる存在です。
大きな自然界にあり、特定の対象の為に祈りを持てるのは
人間(人)だけです。しかし、鳥、虫、花を見る時、作為
のない祈りを感じるのはなぜだろうか。
自分はこのような祈りをもちたいと思う。
                 2015.6 佐々木義生











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スタジオ改修.2015.最終回その.2
- 2015/06/07(Sun) -
 12月も中に入りようやく機材の搬入だ。

頭の中でレイアウトを思い描いていたが、
思った以上に狭い。
というより、機材が大きい。
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以前にも書いたが、このでかいモニタースピーカー。
英国ロジャースのもので、どうしても使いたかったがサウンドが
部屋のサイズに合わない。そのため断念。
と、言うより動かす為の体力がなくなった。一人で動かすには
重すぎる。
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外に一時避難していた機材楽器も徐々に運び込む。
この大まかなレイアウトは最後まで変わらない。
しかしモニターがおおい。電気がどんだけかかるのだろう。
不安になる。
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2台のミキサーとシンセ関係。
膨大なメンテナンスと配線はまだこれからだ。
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一番ああでもない、こうでもないとやったスピーカー決め。
結局、定番ヤマハ10M、セレッション5、ジェネレックのスモール
3個に落ち着く。
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メインのこの部屋。良く聞くとフラッターエコーが出ている。
そんなことで、吸音材を張り調整をする。天井にも張りたい所だが
思案中だ。
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季節も1月。レイアウトから一番気の重たかったミキサーの
メンテナンス。これに約1ヶ月。あらゆる機材を開け、メンテナンス
しまくった。本当に勉強になった。あらためて古い機材の良さも
体感出来た。が、もう一度するかといったら、もうやりたくない。
ほんと、大変だった。すべては、音楽を作る為にやっている
ことだから、良しとしよう。
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季節も2月。
メンテナンスが終わり、ようやく配線を始める。
何とか楽をして、以前のケーブルを使おうと思ったが、
長さが少しずつ足りない。やむなく気合いを入れて
全交換、製作することに。楽器以外でマメを作ったのは
いつ以来だろう。
プラグイン全盛の時代に珍しいアナログ音源ラック。
『物が捨てられない症候群』なのでしょうがない。
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この赤いケーブルはベルデンの優れもの。
青は、モガミ。
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配線がやや終わった段階でもう、春。
雪も溶け始める。
この段階で改修作業も少し最後が見え始める。

その.3に続く。


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スタジオ改修.2015.最終回その.1
- 2015/06/07(Sun) -
 去年の10月から始めたスタジオ改修も8ヶ月かかりようやく最終回。

感動と言うより、ようやく終わるかと言う感じです。
この書いているブログも、今後もう改修はしないので
人生最後の改修記などと思うと、何か淋しさがよぎる。

そんな事で今はやりの『ビフォー&アフター』ならぬ
『スタジオ改修温故知新』を書いてみたい。

今回の改修スタートはまだ夏の8月。
老朽化の激しい昭和40年代の家。
これはこれで味わいがあり良いのだが、如何せん
冬がめちゃくちゃ寒い。調べてもらったら、そりゃそうだ。
断熱材が一切入っていない。
プラス30年近くも使っていると、物の山。
お金の山なら良いが、機材とゴミのやま。
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今年はや還暦を迎え、そんなに長くない先。
『気持ちよく仕事をしたい&温かい所で仕事がしたい!』
改修の決定はこの2点だ。
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築50年にもなる家、中を開けるとどうなっているか。
当然、柱は腐り、間取りも悪い。
当初、温かくなれば良い!から始めたが、それでは
だんだん済まなくなった。
テレビでは骨組みが出るまで解体し、作業するがそれをやっていると
何年かかかるか分からない。
と、言いながらほぼ全面改修に近くなった。
今回の現場監督は友人の一級建築士の高橋さん。
施工中 外観 1
季節も11月に入り雪も降り始め、寒い作業現場。
作業する人も大変だ。
4.5帖(パーク側) 角柱等の腐れ
壁をはがすと案の定、腐っている。
これを交換、柱の立て替え。それから断熱作業。
やることありまくりだ。これは、興味があるが私は
手出し出来ないプロの世界。しかし、プロの作業は
速い。
施工中 4.5帖 床組完了(富沢側)
ここは、大きいミキサーを置く予定なので、床の全面張り替え
と補修。
施工中
これは、部屋を機能的に使いたいため、柱を抜いた。その補強のために
梁を補強した所。こんなに柱抜いて大丈夫かなと思うが、
建築士が補強すれば大丈夫と言う。これも、私の知らないプロの世界。
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外がやや終わり中は、クロス貼りの作業。
今回はクロス貼りの名人が貼ってくれた。
この作業の期間と例年行っているジャズマンスイン旭川の開催と
重なっている。その為、全部の荷物は運び出せない。荷物のあるのは
そのため。だから、鍋まである。
このクロスの張っていないところ、吸音材を貼る予定だったが
大幅に予定が変わってしまった。しかし、ゴミだか機材だか分からない部屋。
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外の外壁工事が終わった所。
もう、12月に入っているが、今年は雪が例年の3分の1。
本当に助かった。
ここまでは私が何も手出しが出来ないプロの世界。
やはり職人と言うのはすごいものだ。


職人尊敬します。

最終回その.2に続く。

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MIND JAZZ雑感/音楽の意義
- 2015/06/04(Thu) -
このところのスタジオ改修に伴いシコシコ毎日スタジオ通い。

この数年こんなに日々の自然の変化に目を向けた事はない。
ここの自然は優しいもの、癒されるものばかりではなく、
「やさしく」「きびしい」。
毎日眺める景色からこんなこと思った。

ここの山から眺める景色は、旭川を遥か越えて
もっと遠くにあるものがみえる。

         『音楽の意義』
光や水や空気の必要性を私たちは生まれながらに知っています。

言葉によって光の意味、水の意味を知らなくても、
生まれながらに私たちの心と肉体は、その“意味”を知っているのです。
それは私たちが “自然の一部”として創られているからです。

しかし、今や、ほとんどの人々が、自分は自然の一部であるという
“一体感”を失いました。

私たちは、 “自然に”従うことよりも、自分の知性に従うことの方が
より高尚な営みであるという、神話にとらわれています。
もし、この “神話”が正しいのだとすれば、私たちは産業革命以来、
一日毎に、一世代毎に、確実に心も身体も健康で豊かになって
いなくてはなりません。

ところが、現実は全くその反対の道を辿っています。
感動する心も、心の豊かさも、今や少しずつ失われつつあります。
知性の土台となるべき感性が、瑞々しさを失くして知性との微妙な
バランスを崩しつつあるのです。

もし、このような状態のまま手を拱いているならば、私たちよりも、
次の世代の子ども達は確実にさらに不毛な環境で生きねばならなくなるでしょう。
(現在、すでに子ども達の世界の中には或る種の病的兆候が見出されるというのに)

肉体が太陽の光や空気、水を必要とするように、私たちの心もまた、
それなしには生きることのできない根源的な滋養物があります。
「感動」という体験がそうです。
心というものは「感動」という体験がなくなって行くと、急速に枯れ衰えてしまいます。
これは大人でも子どもでも同じです。

枯れ衰えた心は、戦争にも隣人の苦しみにも無感動です。
又、心というものは形式的でない真の(ほんとうの)「あたたかさ」や「きびしさ」
に触れないと豊かになることができません。

このような心の “水”、心の “空気”、心の “光”が、絵画や詩歌であり、
そして音楽なのです。


これらの “水”や “空気”や “光”を出来得るかぎり理想的な形で、
次の世代の子ども達の「心」に残してやることが、今生きている私たち
(大人)の最も大切な使命であると信じます。
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